9.なぜ愛する人を求める?

この頃の私の心境は複雑でした。

上手くいかない婚活を辞めてしまおうかと思う一方、

誰かがなんとなく恋しい。そんな日々でした。

 

愛に対する諦めと渇望の間で揺れ動いていました。

 

その当時の様子を次のようにメモしています。

 

「世の中手前勝手なことをいう人が多すぎる。

これでは話のまとめようがないじゃないか。

婚活なんてやめてしまうか?」

 

「ところで、自分はなぜだれかと一緒になりたいと思うのだろうか。

それは、『よりよく生きる』ためであると言える。

もし、だれかと一緒になることでよりよく生きられないとしたら、

一人でいきたほうがましかもしれない。」

 

「手ひどい拒絶。『相手を傷つけてしまったのか?だとしたら、

深く反省しなければならない。

しかし、おまえ自身の気持ちはどうなのか?』以上は心の声。

初めての心境だ。自分の気持ちがどうなのかとは。」

 

「だれと関係を持とうとすると収入の問題にぶちあたる。

どうやら、これが現実だ。あきらめてしまうか。

それでもそれなりに生きる道はある。

しかし、動き出した心は止められない。

もはや、我が心、石にあらず。」

 

「女の人生で配偶者はさほど重要ではない。

子供さえ居ればいいのだ。

配偶者は働き蜂のように幸せさえ運んでくれば済む。」

 

「婚活の継続にこれ以上のメリットはない。

自分の得たいものは、きっと得難いのだから。」

 

「結局、配偶者を求める行為は

すべて金銭の問題に還元されるべきものなのだろうか?

だとしたら、私はこれ以上関心が持てない。」

 

「一人で生きる決心をする時期が

すぐそこまで来ているのかもしれない。」

 

しかし、ここで、これまでの努力の甲斐あって、

定期的にメールのやりとりをしてくれる女性が現れました。

そのときの心境を次のようにメモしています。

「努力する女性は陰ながら助けたいという気持ちがあるのは確かだ。

この気持ちを軸にして関係を築くのは可能かもしれない。

それが自分の誠意なのかもしれない。

ある人に情が湧いてきた。がんばってもらいたい。」

 

一筋の光が見えてきたとき、季節は秋になっていました。

英語翻訳家、哲学・精神文化研究家、四柱推命・西洋占星術研究家、性多様性研究家、クロスドレッサー、元グラフィックデザイナー、自己探求家。 趣味で小説も書いています。 最近は、仏教と現代物理学の関連について研究しています。 それと、猫やコツメカワウソの動画を見て、ホッコリするのが好き。

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