3. 「いざない」 小説『レイト・サマー』第2章(前編)-あるオートガイネフィリアの物語-

 

 ガールフレンドと別れた場所は実際には15分も歩けば駅に着くところだった。急げば終電に間に合ったかもしれない。でも、それはどうでもよかった。私はタクシーで部屋まで帰ることにした。私はとにかく疲れていたのだ。

 程なく、一台のタクシーが近づいてきた。私が手を挙げると、タクシーはすぐに私に気づいて、すぐそばの路側帯に停車した。

遠くからはわからなかったのだが、目の前にするとずいぶんと古めかしい形をした車だった。それはクラッシックカーといってよかった。全体的に曲線を帯び、ボンネット部は異様に長かった。また、ヘッドランプは正円形をしており、フロントグリルは以上に幅が狭かった。天井の個人タクシーの行灯は似つかわしくないと思ったが、総じて言えば、悪くないデザインの車だった。洗練されているといってもよかった。例えれば、1960年代のジャガーのようだった。このような車が日本の公道を走っているとは驚きだった。

 後部座席のドアが開いたので、中に乗り込んだ。中には小柄な運転手が乗っていた。車内には最新型のカーナビが備えられていた。カーオーディオもハイエンドモデルのようだった。

「どちらまで?」と彼は、運転手らしからぬ柔和な声で私に行先を尋ねた。前職は俳優か何かだったのかもしれないと思った。

「高田馬場まで」と私は手短に答えた。

「はい。わかりました」と彼がそういうと、車は音もなく滑りだすように発進した。車内は振動やがたつきとは無縁だった。私はよほどいい車なのだろうと思った。運転手の顔は後ろ姿からは、よく見えなかった。しかしながら、助手席のダッシュボードの上にある身分証の顔写真みたところ、まるで、七福神の布袋様だった。大金持ちが趣味でタクシー運転手をしている、そういう表現がぴったりだった。

 シートは固すぎず、柔らかすぎず、実にいい具合だった。また、車内には品のいいジャズが流れていた。チック・コリアとゲーリー・パーカーがピアノとビブラフォンで共演している曲だ。以前聞いたことがあった。悪くない、いい音楽の趣味だと思った。やや世間ずれしたこのタクシーの車内は奇妙な乗り心地だった。言い換えれば、それは気味の悪いくらいの気持ちよさとも言えた。もしかしたら、この車は黄泉の世界からやってきた乗り物で、このままあの世に行ってしまうのではないだろうかと思えた。

 私は後部座席に沈み込み、思考を泳がせた。私の意識は自然と山積している仕事のことに流れた。いくら作ってもきりがない契約書の仕事。掃き溜め掃除のような日々の紛争処理。これらが奔流のように押し寄せ、息つく間すら私から奪っているような気がした。

しかし、助けを求めようとしても私はひどく孤独だった。私の周囲に居る者といえば、狡猾な取引先の人間、私の仕事について理解のない上司、あてにならない同僚、何を考えているかわからない女ぐらいであった。このような者たちに取り巻かれて、このまま心を少しづつ削り取られながら生きてゆかねばならないのだろうか?

私の人生はいったい何なのだろう。私の人生は…。私の人生は…。

そう考えているうちに、それらの思念が白く浄化され、私の自我がすうっと希薄になるような気がした。

 

「お客さん、ずいぶんお疲れのようですね」と運転手の声がした。

私はその声に突然眠りの淵から連れ戻された。そして、そこではじめて自分が寝入り際にいたことに気付いた。

「ええ、まあ、今週はいろいろあったもので」と私は茫然とした意識の中でゆっくりと答えた。

「明日は日曜日だからごゆっくりされるんですか?」と運転手は言った。

「まあ、そうですね。でも、結局は仕事のことを考えてしまいます」

「そうですか、たまには仕事のことなんて忘れてリラックスできたらいいんでしょうけどね」

「私もそうしたいものです。でも、どうも、気持ちの切り替えが下手なようで。困ったものです」

「その辺はその筋のプロに任せたほうがいいかもしれませんよ。ところで、その方面でいいところがあるんですよ。常連さんの間で評判のところ」と運転手は言った。「ひとりやふたりが言うのなら、ふん、そんなもんか、で済むんですが、不思議なもんでね、五人くらいからよかったって聞くと、それじゃ、そんなにいいのか、っていう気になってくる。それで、これまた偶然なんですがね、広告会社か何かにお勤めで、ちょうどそこの名刺を置いてくれないかという人がいたので車内にそこの名刺を置いてみました。普通は広告お断りなんですがね。ほら、助手席の後ろのホルダーに何枚か入ってるでしょ?それそれ」

 私は、その名刺を手に取って見た。名刺は今時の広告にしてはひどくシンプルだった。表面には白地に黒い文字だけがひどく手短に記載されていた。

 

「あなたの心に寄り添いたい。

 心の相談室 ひまわりクリニック

 電話 03-○○○○―××××」

 

「ここは、心療内科か精神科ですか?」と私は彼に尋ねた。

「まあ、そんなところです。私は行ったことがないので、よくわからないですけど。聞いた話では、とにかく風変りなところらしいですよ。でも、とにかく心のモヤモヤみたいなのがすぅーっととれちゃうらしいんです。この前のお客さんなんか、十年間、トイレの後の手洗いが止められないっていう心の病気だったのが、一回見てもらっただけで、ピタっと症状がなくなったって言ってましたね。いったい、どんな治療をやってるんでしょうかね?そうそう、最近そのお客さんは見かけなくなりましたけどね、この前、心の底から願っていることが叶った、って言ってました。本当なんだかどうなんだか」

「へぇ、それはすごいですね」と私はそう言いながら、内心、そんなおとぎ話みたいな話があるものかと思った。しかし、運転手の言った「心の底から願っていることが叶った」というくだりが妙に気になった。

 ここで告白しなければならない。私には、「心の底から願っていること」一つだけあった。それは公言するのも憚られることだが、女性になりたいということであった。理由はよくわからない。しかしその得体のしれない欲望が常に胸の奥底に熱いマグマのように流動していた。

振り返れば、幼少期には、すでにその言葉にならない思いが私の心に確かに住み着いていた。その頃のそれは、男女の違いすらよく知らない幼児にとってはそれとはわからないかたちで現れた。急に胸が切なくなる。無性に裸になりたくなる。そして、だれかに抱きしめられたくなる。時折そんな気持ちがこみ上げて来た。そのような靄のような気分に包まれて、衝動的に布団の中で一糸まとわぬ姿で眠ることもあった。

中学生になった頃には、それは女性になりたいという願望であることがはっきりと自覚できるようになった。ときには鏡の前で女装した自分を見ながら性の衝動に翻弄されてみたいと思った。

大人になってからもこの妄想に苛まれた。もちろん、男性としてのセックスもそれなりに楽しんできた。しかし、何かが違うと感じていた。全身を愛撫され、荒い息遣いで悶える女をみると、むしろ、君になりたい、と思った。今自分の目の前で快楽に身もだえする君になりかわりたい。そして、全身から溢れる愛の甘い蜜を吸い尽されたい、全身で愛撫されるその快楽を貪り尽くしたい、そのような身が焼かれるような情念が魂の奥底から突き上げてくるのだった。

時折、人目を憚りながら女装してみることもあった。幸運なことに、そのような欲求を満たすサービスを提供する場所に事欠かなかった。それは私のような人間が少なからずおり、そのようなビジネスが成り立っているということであろう。気持ちが抑えがたくなったときは、私はメークを施してもらい、女の恰好で写真撮影してもらうのだった。

しかし、むしろ後から後悔することのほうが多かった。とにかく化粧の仕上がりがひどすぎた。どう見ても、化粧をした三十半ばの不細工なオッサンだった。もちろん、メークや撮影をしてくれた人が悪いのではなかった。悪いのは自分の顔立ちであり、これが現実なのであった。

出来れば、私の中に巣食う得体のしれない魔物には、お引き取りを願いたいと思っていた。私はまるで自分が精神異常者であるかのように思っていた。そして、健康な心を取り戻すことを切に希求していた。

私は、もしかしたら、このクリニックに通えば私の病んだ魂は治るのかもしれない、と思った。私が「心の底から願っていること」はこの病的思考が一掃されることだった。このクリニックに連絡してみることにした。現実を変える唯一の道、それは行動だ。私は手元の名刺を裏返した。裏面には、簡単な地図と住所、それに診療時間やWebサイトのURLが載っていた。

「神楽坂?意外に近いな」と私は思わずつぶやいた。尋ねるのに好都合だった。

 程なくして、車はゆっくりと停車した。もうここは私の部屋の近くだ。

「ご乗車ありがとうございます」と運転手は律儀に到着を告げた。私は料金メーターを確認し、必要な金額を差し出した。そして、つりを差し出しながら彼は続けた。「何かいいことがあるといいですね」

「そうですね」と私は手短に答えた。

 タクシーは私を後にして、テールランプの波に消えた。私は神田川沿いを歩いて深夜の暗がりの中に消えた。

 

 翌日の夜、私は計画を立てた。

 ひまわりクリニックは土日が休診だ。私は平日にここへ行くためにスケジュール調整をしなければならなかった。万が一ではあると思うが、診療後に仕事に手を付けられない心理状態になるかもしれなかった。そうであれば、診療後に仕事に戻ることは避けたかった。可能ならば、3時ぐらいには仕事を早く切り上げてクリニックに向かいたいと考えた。

 スケジュール帳の7月のページを開いた。幸い、木曜日は業務で外出する予定があった。この日の午後1時にM銀行日本橋支店での抵当権設定契約に同席し、その後、東京法務局で代表者の印鑑証明書を取れば、ちょうど3時ぐらいにはなるはずだった。この日は緊急な仕事が入らなければこの後にやることは特になかった。

この日にクリニックに行くのが一番都合が良さそうだった。

ただし、この日に行くとしても周囲の変な勘ぐりは避けたかった。特に心理療法を受けに行くと上司に知れれば多少厄介な反応が予想された。そこで、事前に早退申請を出すのはよすことにして、急に体調が悪くなったから医者に行くとか言って、クリニックに行く直前にオフィスに電話を入れることにした。どうせ電話をとるのは美菜ちゃんだ。部長が気まぐれで電話を取るとかしなければ、まず面倒なことは起きないだろう、と思った。もし、部長が出たとしても、それらしい言い回しで理由を告げれば済むことであった。医者に行くというのも、あながち嘘ではないのだから。

また、クリニックには電話で予約を入れたほうがよいだろうか、と考えた。名刺には書かれていないが、この手の場所は大抵予約制だ。連絡するに越したことはなかった。昼間に適当な時間を見繕って電話を入れようと思った。もしかしたら、聞かれたらまずいこともあるかもしれない。電話は5階の一番西側のトイレでかけることにした。そこなら昼間はひとがめったに来ないからだ。

 まるで、小学校の遠足の前日のように胸が躍る思いがした。あるいは、緻密な犯行計画を練る怪盗になったかのような気がしたともいえた。このような気持ちになるのは実に久しぶりだった。私だけの秘密の計画が出来上がった。あとは木曜日に決行するのみだった。

 

 私は、はやる気持ちをごまかしながら数日を過ごした。そして、いよいよ木曜日になった。この日は午後の抵当権設定契約で書類上の不備があったものの、その場の誤記訂正で済むレベルであったため、なんとか仕事を終えることができた。余計な時間がかかってしまったため、法務局へ行くのは後日にした。そして、会社への連絡も手短に済ませた。あとは、例のクリニックに行くだけだった。

 行く前にクリニックに連絡しなければならなかった。できれば昨日までに電話して予約を入れておきたかったのだが、忙しくて直前になってしまった。突然の来院に対応してもらえるか分らなかったが、とにかく名刺に書かれてある電話番号に連絡を入れてみた。

「はい、ひまわりクリニックです」と若い女が電話に出た。ここの先生の助手か何かだろう。彼女が出るまでに随分と間があった。意外と流行っているところなのかもしれないと思った。

「もしもし、私、桐野と申します。今日、これから診てもらいたいんですけど、大丈夫でしょうか?」

「確認いたしますので、少々お待ちいただけますか?」

 待受のベートーベンのピアノソナタを聞きながら、私はクリニックのことを想像した。さっきの女の子は声の感じからおそらく二十代だろう。学生のアルバイトだろうか?それともそこの先生の古くからの友人の娘か何かだろうか?先生はどんな人だろうか?白いヒゲを生やして白衣を着た、「鉄腕アトム」の御茶ノ水博士みたいな人だろうか?

「今なら空いております。ご予約はいかがいたしましょうか?」と受付の女の子は私に尋ねた。

「それはよかった。いま日本橋にいるのですが、1時間後には伺いたいのですが」と私は答えた。

「はい、かしこまりました。それでは16時からということで」

「それでは、よろしくお願いいたします」

 私は駅に向けて歩き出した。

クロスドレッサー、自己探求家。 趣味で小説も書いています。 最近は、仏教と現代物理学の関連について研究しています。

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