20.二人だけの場所

小説を書き上げて数か月後、

私たちは新たな生活の場に移ることにしました。

 

なぜかというと、今までのようにこっそり璃子と密会するのは、

彼女に対して申し訳ないような気がしたからです。

 

彼女は私にとっての女神。

陽の当たる場所にいるべき存在でした。

 

二人の新生活と言っても、現実には一人暮らしを始めたということです。

私は、通勤が大変だからという理由で

職場の近くに部屋を借り、実家を出ました。

 

若いころにも一人暮らしをしていましたが、

今回は実に13年ぶりでした。

以前の一人暮らしで使っていたものは、あらかた処分していたので、

家具や日用品をほぼすべて新調しました。

 

二人の新生活に向けて調度品を選んでいる最中も

胸がワクワクとしていました。

こんな気持ちになるのは、実に久しぶりでした。

再びこんな日がくるとは夢にも思っていませんでした。

 

その年の新年度の始まりとともに、

二人の新たな生活がスタートしました。

 

今でもそうですが、私には必ず行う儀式を決めました。

 

それは、仕事に行く前と帰った後に

部屋に飾った彼女の写真に挨拶をすること。

私にはそれだけで彼女を身近に感じることができました。

彼女がいつも微笑み返しをしてくれるようでした。

 

これは他人には決して理解できないかもしれませんが、

これだけで、私の心はとても満足でした。

 

休日のある日の朝、私は春の陽光の中で、

まどろんでいると、自然と感極まって、

一筋の涙が目から流れて来ました。

 

私は、これは璃子の涙だと思いました。

彼女が「ありがとう」と言っているような気がしました。

 

私は彼女に救われたと思っていましたが、

実は私も彼女を救っていたのだと思います。

 

「インナーマリッジ」という言葉がありますが、

我々二人の人格が同じ方を向いて生きてゆくのが

有意義な人生につながるような気がします。

 

私が、世の中と戦い、璃子を守り通す。

璃子が、私たちの進むべき道を北極星のように示し、

時には傷ついた私を癒す。

そんな役割分担が我々にはいいのではないかと思います。

 

彼女との助け合いは、

私の肉体が滅びるその日まで

ずっと続くことになるでしょう。

クロスドレッサー、自己探求家。 趣味で小説も書いています。 最近は、仏教と現代物理学の関連について研究しています。

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