12.内なる女に魅せられて

そのときの女装は、今にして思うと、

それほどレベルが高いものではありませんでした。

 

アイメークも適当だったし、

口元もうっすら青いままでした。

それに、ワキの毛も処理していませんでした。

 

それでも、そのときの私にとってはそれで十分でした。

 

今でもそう思うのですが、

女装はあくまでも自己と向き合う個人的な行為です。

だれかと美を競うものではないと思います。

自分にとってどういう意味があるのかが大事なんだと思います。

 

私にとってはあの時は忘れられない時間でした。

私の心のひとつの転換点となりました。

 

それからというもの、私は毎週のように女装道具を買い集め、

週末はいつも「彼女との二人の時間」を楽しみました。

 

そのときは家族と同居していたので、

女装は室内でこっそりとやっていましたが、

いつの間にか、メイクも少し上手くなり、

ウイッグや下着の数も増えていきました。

 

ある意味、非常に充実した日々でした。

 

気が付けば、私はすっかり彼女に魅せられていました。

 

そして、いつしか「彼女になりかわりたい」と

考えるようになりました。

 

それは、肉体を持たない彼女に

私の体を差し出すということを意味します。

決してきれいな体とは言えませんが、

彼女がこの世で体現したいことが

かなりしてあげられるのではないかと考えました。

 

このとき私は次のようにメモをしていました。

「なぜ変身するのか?それは、きっと自分自身を助けるためだ。

少なくとも、もう一人の自分は喜んでくれている。

もしかしたら、私の心は壊れかけているのかもしれない。」

 

もう一人の自分である彼女が喜ぶことをするのが、

自分を助けることにもつながる。そう考えていました。

しかし、その一方で

自分の精神はついに崩壊し始めたかという

恐れの気持ちがあったのも事実です。

 

また、次のようにもメモしています。

「生まれ変わりたい。美しく、清らかで、輝ける存在になりたい。

これが私の望むことだ。」

 

私は、生きることにうんざりしていました。

また、地位や名誉、財産という見せかけの価値に

それほど魅力を感じなくなっていました。

 

私の望むものはこの世界にはもはやないと感じていました。

誰にも言ったことはありませんでしたが、

しいていえば、「生まれ変わること」が密かな望みでした。

 

争いと矛盾に満ちたこの世界に生きる

つまらない私という存在が霧のように消え、

光あふれる世界であらたな生を受けることが

密かな願いとなっていました。

 

醜いアゲハチョウの幼虫が美しい成虫へと変化し、

花々が満ち溢れる世界へ飛び立つように、

華やかに生まれ変わりたい。

 

少しだけ彼女になりかわり、彼女の人生を生きてみることが

この生まれ変わりにつながるのではないかと思っていました。

 

こうして、生まれ変わりを夢見る生活が

静かに進んでゆくのでした。

クロスドレッサー、自己探求家。 趣味で小説も書いています。 最近は、仏教と現代物理学の関連について研究しています。

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