みなさん、こんにちは。今回は5回にわたってお話しした私のAG論について、一部補足をさせてください。
第1回目で性科学者Blanchardの研究論文について言及させていただきましたが、この論文では、データに基づき、同性愛者(見かけ上のヘテロセクシャル)(=GID)と、異性愛者(見かけ上のレズビアン)等(=AG)とで明らかな有意差が指摘されている事項がありました。
それは、端的に言えば、「女装した自己に性的興奮するか否か」という点でした。この点については、GIDについてはそうではなく、AGについてはそうであるという結果が示されていました。
この点について、少し私見を述べさせていただきます。
「女装した自己に性的興奮するか否か」についてですが、端的にいえば、GIDであるかAGであるかでは単純に割り切れないと思います。
AGについては「慣れの問題」だと思います。仮に、職業上の理由などで彼ら(彼女ら)が日常的に女装するようになれば、自分自身に興奮する場面は少なくなると思います。これは、私が実際に複数のニューハーフの方に聞いたことからも裏付けられるかと思います。女装が当たり前の生活ルーチンになれば、女装が「めんどくさく」すらなるようです。そうなれば性的興奮どころの話ではなくなります。
また、GIDについては、実際にはAGの要素を持つ方々も多く、GIDとAGを線引きするのは難しいと思います。極端に言えば、もっとも強固なAG的指向がGIDとなるとも言える面もあると思います。そうなれば、「女装した自己に性的興奮する」ことが全くないとも言い切れないと思います。
Blanchardの研究論文の目的とするところは、あくまでも性転換後の性的指向を説明するための分類モデルの提唱であり、具体的事例ではGIDやAGというカテゴリーが必ずしも当てはまらないということをご留意いただければと思います。